東京地方裁判所 昭和27年(ヨ)4044号 決定 1952年12月11日
申請人 市原病院従業員組合 外三名
被申請人 医療法人財団協和会
主文
申請人らの申請を却下する。
申請費用は申請人らの負担とする。
理由
第一、申請の趣旨
被申請人が昭和二十七年七月十一日申請人田中きよ子、戸張たか子、青木栄に対してなした解雇の意思表示の効力を停止する。
第二、当裁判所の判断の要旨
一、申請人組合の当事者適格
被申請人は、本件申請は申請人田中、戸張、青木と被申請人病院との間の雇用契約にもとづく法律関係の確定を求める本訴を前提とするものであるから、右法律関係につき処分権を有しない申請人組合は本件申請につき、当事者適格を有しないと主張する。
思うに労働組合が、労働者の経済的地位の向上をはかるために、組合員の労働条件について使用者と団体交渉をなし、また使用者との間に労働協約を締結する権能が認められていることはいうまでもない(労働組合法第一条、第六条、第十六条等)。このようにして組合は労働者個人の経済的地位の向上をはかる権能を法律上与えられてはいるが、進んで使用者との間に労働者の雇用契約を締結し、これを終了させることはもちろん、すでに発生した賃金、退職金などの労働契約上の具体的権利義務について管理処分をなすことは、現行法上もつぱら労働契約の主体である労働者個人の自由に委ねられているのであつて、組合が当然にこのような権能を有するものではなく、また組合が当然本人に代つてこれをなし得るものとは解せられない。従つて特段の事由の主張もない本件においては、申請人組合は、申請人田中、戸張、青木個人の雇用関係の存続することの確定を求める本訴を前提する本件仮処分申請につき、当事者適格を有しないものというべきである。
申請人らは、この点について、不当労働行為である解雇は、組合の団結権を侵害するものであるから、不当労働行為を理由とする解雇無効を主張する場合は、組合は、組合員個人に対する解雇について、その無効確定を求める法律上の利益を有すると主張する。
解雇が組合の団結を侵害する不当労働行為であると主張される場合、組合員に対する右解雇の効力の有無、従つてこれにもとづく組合員の雇用関係の存否について、組合が重大な利害関係を有することは、もとより否定できない。しかしながら、仮に組合が解雇無効確定につき勝訴判決を得たとしても、それはあくまで組合と使用者との間で解雇の効力を確定するに止り、その既判力を被解雇者本人に及ぼし得ず、組合も本人も右判決を前提として個々の労働者に対する労働契約上の義務の履行を使用者に求めることもできないのであるから、結局解雇せられた労働者を救済し、不当労働行為を排除する目的を達することはできない。却つて、これによつて同一の雇用関係について異る内容の判決を競合させるおそれもあり、無用に法律関係を錯雑させるだけである。むしろ解雇せられた労働者個人に解雇の無効を主張させることの簡明なのに如かない。不当労働行為による解雇の場合には、解雇せられた本人に解雇無効の主張を許すことによつて、組合の団結権は保障せられるし、また組合は、組合員個人のかような訴訟を事実上支援することによつても、十分その目的を達し得る。
従つて他に特別の事情の主張のされていない本件では、不当労働行為を理由とする解雇無効の確定についても、労働組合は訴の法律上の利益を有せず、これを前提とする本件仮処分申請についても、申請の利益を有しないものというほかはない。
もつとも、労働組合が、不当労働行為である解雇により、その団結権を侵害されたことを理由として、組合自体の権利の行使として、損害賠償を求めるとか、あるいは侵害の排除を求める給付訴訟を提起し得ることは、現行法上も一概に否定すべき理由はない。しかしながら、本件申請においては、申請人組合は、申請人田中、戸張、青木個人に対する解雇の無効確定の本訴を前提とする解雇の効力停止の仮処分を求め、またその理由において右解雇の無効確定を求める組合員の権利を組合が行使する旨主張するなど、申請の全趣旨から見て結局申請人田中、戸張、青木個人の雇用関係の存否確定を対象とする本訴を前提とするものと解するほかはなく、雇用関係の存否の確定は組合の権利に属しないこと前に説明したとおりであるから、これを求める本訴を前提とする本件仮処分申請について、申請人組合の当事者適格を肯定することもできない。
よつて、いずれの点から見ても、申請人組合は本件申請について、当事者適格、もしくは申請の利益を有しないものであるから、申請人組合の本件申請は、その他の点について判断するまでもなく、その要件を欠くものとして却下しなければならない。
二、本件解雇に至る経過
疏明によればつぎの事実が認められる。
被申請人は医療法による病院として、肩書地において内科及外科の医療を行う医療法人であり、申請人戸張は医師、申請人田中は看護婦長、申請人青木は看護補助者として、いずれも被申請人病院の従業員であつた。
申請人組合は、被申請人病院の従業員二十五名により組織される労働組合であり、申請人戸張、田中、青木はいずれも結成以来申請人組合の執行委員である。
申請人組合は、昭和二十七年六月十日結成され、以来従業員の待遇改善、医療厚生設備の改修等を要求して、被申請人病院との間に団体交渉を続けてきたが、容易に交渉が妥結しなかつたので、遂に同年七月十一日全組合員の「一斉公休」を実施したところ、被申請人は、右一斉公休は労働関係調整法第三十七条(昭和二十七年七月の改正前の規定、以下同じ)に違反する争議行為であるとし、その責任者として、同日申請人田中、戸張、青木三名に対し解雇の意思表示をなした。
三、申請人青木に対する関係
申請人青木は、昭和二十七年八月三十日、被申請人との間で本件解雇の効力を争わぬ旨合意し、被申請人に対し退職届を提出した事実が疏明されている。従つて申請人青木に対する本件解雇の効力は、右合意によつて確定したものというべきであるから、同申請人の本件申請は他の点について判断するまでもなく、理由のないこと明かである。
四、本件解雇は不当労働行為もしくは解雇権の濫用か
申請人らは、本件一斉公休は申請人組合の正当な組合活動であるから、これを理由とする本件解雇は不当労働行為もしくは、解雇権の濫用であると主張するので以下この点について判断する。
(一) 労働関件調整法第三十七条違反の争議行為の違法性
申請人らは労調法第三十七条は、本来公益保護のための規定であり、使用者の保護を目的とするものでないから、仮に本件一斉公休が同条に違反する争議行為であつても、使用者に対する関係では正当な行為であると主張する。
思うに労調法第三十七条が公益事業の争議行為につき、三十日間のいわゆる冷却期間の遵守を要求したのは、これによつて単に争議行為の開始を公衆に予告させるというだけでなく、右冷却期間内に労働委員会の調停による平和的解決を計り、公衆の日常生活に重大な影響を及ぼす公益事業の争議行為を能う限り防止しようとするものにほかならない。かような同条の目的から見て、同条は単に争議行為開始前の手続の遵守を要求するに止らず、冷却期間を経ない争議行為自体を禁止するものと解すべきであり、同条に違反した争議行為はそれ自体が違法な行為として、刑罰を課せられている(同条第三十九条)ものというべきである。
申請人らは、同条違反の争議行為は公衆に対する関係においてだけ違法であると主張するが、右のように刑罰法規により禁止される争議行為を、使用者に対する関係においては正当な組合活動とみなすことは、法秩序全般の精神からしても肯けないばかりでなく、同条は公益事業の運営を急激な阻害から守ることによつて、公衆の利益を保護しようとするものであるから、その限りにおいて公益事業自体もまた法の保護するところというべきであり、従つて同条に違反する争議行為は使用者に対しても違法な行為というほかはない。そればかりでなく、公益事業の使用者は、その公益性に由来する種々の法的社会的制約に服させられ、その争議行為をも制限せられているのであるから、その反面公益事業の運営を確保するために、労調法第三十七条に違反する争議行為を行つた従業員に対し、その責任を追求し得るものと解さねばならない。
よつて進んで本件一斉公休につき、労調法違反の事実があつたかどうかならびにその具体的事情について考えよう。
(二) 被申請人病院は労働関係調整法第八条にいわゆる公益事業か
被申請人病院は「公衆又は特定多数人のため医業をなす」医療法上の病院であり(医療法第一条)現に百余名の結核患者を入院加療させ(そのうち約八十二パーセントは生活保護法の適用をうけ、他は健康保険により加療している)外来患者は一日平均約五十名(昭和二十七年一月ないし七月の平均)に達し、足立区においてもつとも多数の病床を有する結核病院のひとつであることが疏明されている。
かような事業から考えると、被申請人病院の業務の運営が急激に阻害されるときは、被申請人病院において、継続して加療を受ける多数の入院患者、及び通院中の外来患者はもつとより、随時来院する一般公衆にとつても、その疾病の加療、健康の維持に支障をきたす恐れがあると認められるから、被申請人病院は、労調法第八条にいわゆる「公衆の日常生活に欠くことのできない」「医療の事業」というべきであり、同条にいう公益事業ということができる。
(三) 本件一斉公休は労調法第七条にいわゆる争議行為か
申請人らは、本件一斉公休は、申請人組合の組合員が、ほんらい従業員の権利として認められている公休を、当日一斉にとつたにすぎず、しかもその結果被申請人病院の業務の正常な運営が阻害された事実はないから、労調法第七条にいわゆる争議行為でないと主張する。そこで本件一斉公休当時の状況について見ると、つぎのような事実が疏明されている。
申請人組合は、前記のように結成以来、生活補給金、夏期手当の支給、雑役婦、掃除夫の賃金引上げ、危険手当の支給等数項目の要求を掲げ、六月二十六日以来病院側理事者との間に五回にわたり団体交渉を重ねたが、病院側は経理上の困難を理由として一部を除き組合側の要求を認めず、このようにして七月十日の第六回団体交渉においても、双方の主張が対立したまゝで少しも話合が進まず、そのうち院長は所用のため他出し交渉は打切られるに至つた。そこで申請人組合は同日夕刻臨時大会を開き、この行き詰つた事態を如何に打開すべきか討議した結果、市民労働団体等外部の人々へもよびかけ、組合の主張に対する支持を得て、病院側の反省を促すべく、かつぱつな宣伝活動を開始することゝし、右宣伝活動を行うために翌十一日全組合員が一斉に公休をとることを決議した。当時申請人組合は病院理事者側及び少数の事務員、炊事婦等を除く従業員全員三十二名(内医師四名、看護婦十名、看護補助者十名、掃除夫(婦)三名、栄養士一名、炊事婦四名)で組織されていたが、当日入院患者の加療に支障を生じないため、非組合員である医師一名のほかに組合員である看護婦二名は平常どおり出勤して勤務に就くことゝし、その旨を入院患者の団体である患者自治会にも連絡して、その幹部の諒承を得た。右大会終了後、組合員のうち看護補助者三名が翌日の公休を申入れ、病院側事務員の許可を受けたが、その後申入れた組合員三名は許可されず、それ以外の組合員はすべて翌日の公休につき病院側に予め申入なかつた。同夜午前零時半頃に至り、申請人田中は組合を代表して被申請人病院の理事長兼院長市原正雄の私宅に至り、一斉公休実施の通知書を院長に手渡すよう家人に要求したところ、院長と同居する阿部理事から院長はすでに就寝中であり、かつ健康が勝れないという理由で、通知書の手交を拒否されたので、田中はこれを郵便函に投函して帰り、院長始め理事者側は翌朝これに気付き、通告書を見てはじめて一斉公休の実施を知つた。
翌十一日午前八時半頃、組合員は病院側に団体交渉を申入れるために集合したが、かねて定めた看護婦二名は診察室には出て来ず、他の全員も勤務につかず一斉公休を実施した。これによつて当日の病院業務の運営に、つぎのような状態を生じた。
先ず外来患者の診療の状態については、申請人組合は当日早朝より、一斉公休を行う故外来者にも協力を求める旨記載したビラを病院内外に掲示し、極力宣伝につとめたゝめ、そのビラを見て当日は診療をうけ得ないと考えて、病院にはいらず帰宅した外来患者もあり七月十一日前後十数日間の平均外来患者数は一日平均五十四・五名であるに拘わらず当日診療室に来た外来患者は十四・五名であつた。平常は院長及び看護婦二名が外来患者の診療に従事していたが、当日は一斉公休のため看護婦が全然就業しなかつたので、永塚事務長、白井事務員が受付、投薬等を手伝つたゞけで、高血圧の院長が殆んど一人で暑い頃無理をして、診療、注射、投薬、検査等に当つた。そのため診療が長びき、かつ混乱し、当日行うべき注射、投薬等を延期された患者もあつた。当日依頼のあつた急患の往診五件(平常より院長の往診する患家であつた)もこのような状況のため全部診療を拒絶した。
次に入院患者の診療の状況については、平常は全病棟につき医師三名、看護婦六名が勤務する定めであつたが(但し医師中一名は欠勤することが多かつた。)、当日は前記のように全病棟に対し非組合員の医師一名のほかに組合の決議により看護婦二名が勤務した。そのため平常は毎日行われている看護婦による検温検脈は当日行われなかつたが、患者組合間で予め協定したとおり、患者が自ら検温検脈を行い、翌日その結果を報告した。そのほか医師の回診、注射、投薬等は必ずしも毎日行われるものではなく、当日は注射、投薬等の実施予定日に当つていなかつたので、特に支障を生じなかつた。しかし、入院患者太田原すゞ子は結核性腸閉塞で、同日手術をする予定で、前日夕方から食事も取らず準備をしていたのに、一斉公休のため鍵がなくレントゲン室があかないため、レントゲンをかけることができず、従つて当日手術ができず苦しんだ。また入院患者の給食については、平常賄主任(非組合員)のほか非組合員である賄人二名、及び組合員である賄人四名計六名で行つていたが、当日は一斉公休により組合員である賄人四名がすべて就業しなかつた。そこで病院側はやむを得ず臨時賄人三名に急拠依頼して炊事を行い、ほゞ、平常どおりに当日の給食を実施することができた。なお、平常勤務する栄養士一名は当日就業しなかつた。
そこで右に認定した事実を綜合して考えて見よう。
先ず公休の点については、被申請人病院に於ては従業員は月数回任意の日に病院側の諒承を得て公休をとることを慣例として認められている事実が疏明されている。しかしながら、右に認定したように、本件一斉公休について病院側が予め承認を与えた事実は認められず(もつとも看護補助者三名について七月十一日当日の公休を許可した事実はあるが、これは病院側が、右三名の公休が組合の一斉公休の一環であつたことを知らなかつたゝめと認められる)また使用者としても本件のような殆んど全従業員の一斉公休に対しては、従来の慣例上の取扱いの有無に拘らず、業務運営確保の必要上これを拒否し得るのが当然であるから、申請人組合の実施した本件一斉公休は、結局病院側の意に反する労務提供拒否の行為であり、一般の同盟罷業とその性質を同じくするものというべきである。なお組合は右一斉公休に際し、業務に支障を来さないよう多少の配慮をめぐらした事実も認められないではないが、右認定した事実からすれば、右の一斉公休の行為自体が、被申請人病院の業務の正常な運営を著しく阻害すべき性質のものであつたことは明らかである。しかも申請人組合がその主張を貫徹するためなした行為であるから労調法第七条にいわゆる争議行為であることは疑がない。そして本件一斉公休に先立ち、申請人組合が被申請人病院との間の労働争議につき、労働委員会に調停の申請をなし、もしくは労働委員会の調停実施の決議、又は行政官庁の調停請求が行われた事実は認められないから、右一斉公休の争議行為は、労調法第三十七条に違反するものといわねばならぬ。
(四) 本件解雇の正当性
すでに本件一斉公休は労調法第三十七条に違反する争議行為であり、申請人田中、戸張はいずれも申請人組合の執行委員として右一斉公休の決議を執行し終始これを指導したことは疏明によつて明らかであるから、本件争議につき責任を免れることはできない。しかし、右申請人らの行為が解雇に値するかについては、更に争議行為の具体的事情について検討せねばならない。
申請人らは、この点について本件一斉公休により、著しい業務運営の阻害は生じなかつた旨強調する。なるほど、すでに認定したとおり、一斉公休により、医療業務自体が停止するような重大な事態が生じたことはなく、疏明にあらわれた限りでは、本件争議行為によつて、患者の身体、生命に直接重大な危険を及ぼした事実は認められない。しかしながら、すでに述べたように本件一斉公休は病院業務の運営に相当の支障をきたさしめる重大な行為であつて、何らの医療上の準備もなく、にわかにこれを実施するときは患者の加療に不測の危険を及ぼす恐れがあつたに拘わらず、申請人組合が医療業務の責任者である使用者に対し何らの予告をすることもなく、突如としてこれを実施したことは軽卒かつ不当な行為といわなければならない。一斉公休に至るまでの団体交渉の経緯に照しても、申請人組合としてかように抜打的に争議行為に出たのもやむを得ないと思われるような切迫した事情も特に認められず、殊に前日夕刻既に決定していた翌日の一斉公休も、深夜に及んで、院長私宅に於て通告しようとするなどは、非常織な行為であつて、ことさらに病院側の緊急の措置を困難にしようとした意図は或はなかつたとしても、多数の生命を預る病院の性質をわきまえないこと著しいものといわねばならない。
申請人らは、また患者の加療については、組合として十分事前の措置を講じた旨主張し、前記のように申請人組合が本件一斉公休の実施に当り、入院患者に対する緊急の措置に応じ得るよう組合員を配置するなど、一応の考慮を払つたことは認められるが、被申請人病院の医療業務全般について見れば、右の組合の措置だけでは到底十分ではなく治療上種々の支障を来したことはすでに認定した争議行為当日の状況から見ても明かである。
およそ、医療業務に於ては一般企業と異り、その業務運営の如何は直ちに患者の加療、ひいてその身体、生命の安全に重大な影響を及ぼすものであるから、その使用者、ならびに従業員が争議権の行使につき特に慎重でなければならないことは、労調法の規定をまつまでもない当然の事理といわなければならない。従つて、医療事業にほんらい課せられたかような制約を無視して行われた申請人組合の本件争議行為は、労調法第三十七条の規定をはなれて考えても、それ自体正当な組合活動の範囲を逸脱するものといわなければならない。
そこで、右のような本件争議行為の性質と労調法違反の事実とをあわせ考えると、被申請人病院が、かような不当な争議行為を指導実施し、医療業務の運営を脅かした申請人田中、戸張に対し、雇用関係を継続し難いとして解雇したことは、入院患者及び一般公衆の医療につき、公益上の責務を負担する使用者としてやむを得ない措置というほかはなくこれを解雇権の濫用、ないし不当労働行為とすることはできない。
申請人らは、更に本件解雇は労調法違反を表面の理由とするが、その実平素からかつぱつに組合活動を行つていた申請人田中、戸張らを被申請人病院より排除しようとする不当労働行為であると主張する。しかしながら、本件解雇が右に述べたように使用者として、やむを得ぬ措置と認められ、申請人らの行為に対し特に不相当ないし苛酷な処分とも認め難い以上、本件解雇の決定的原因は申請人らの不当な争議行為にあるものと認めるほかはなく、この点について申請人らの挙示する証拠はいずれも右の判断を覆すに足りないから、右の申請人らの主張は採用し得ない。
五、本件解雇は就業規則に違反するか
(一) 疏明によれば、被申請人病院の就業規則第六条にはつぎのように規定されている。
「左の場合といえども三十日の予裕期間を設けるか又は三十日間の平均賃金を払わなければ解雇されることはない。
(イ) 傷病又は心身の傷害により到底業務に堪えられないと認められる時、但し業務上を除く
(ロ) 勤務成績不良にして度々注意を受けたる時
(ハ) 已むを得ない事業上の都合による時」
被申請人は本件解雇は、右条項の(ハ)に該当するものとして解雇したと主張する。しかし右就業規則の規定は必ずしも解雇の事由をこの場合に限定した趣旨とも解せられない。仮に限定したものとしても、すでに述べたように申請人らの不当な争議行為に対し、被申請人は使用者としてほんらい解雇権を行使し得るものであり、かつかような解雇は一面においてやむを得ぬ事業上の必要に基く措置ということができるから、被申請人が本件解雇を「已むを得ない事業上の都合による時」に当るとしたことは、これを不当といゝ難い。よつてこの点に関する申請人らの主張は理由がない。
(二) 疏明によれば、被申請人病院の就業規則第二十七条には「制裁は院長、及び従業員側の代表者二名とによりて決定する」と規定されている。申請人らは、本件解雇は申請人田中、戸張の被用者としての義務違背を理由とする制裁処分であるにかゝわらず、右就業規則所定の制裁手続を経ていないから無効であると主張する。
しかしながら、右規定は懲戒解雇その他従業員に対する制裁が待遇、履歴、退職条件等につき、被処分者に種々の不利益を与える重大な処分であることに鑑み、特にその実施に当つて慎重な手続を経べき旨定めたものと解せられるが、本件に於ては、被申請人は申請人田中、戸張のなした不当な争議行為に対し、懲戒解雇の厳格な制裁処分をもつて臨むことを避け、通常の解雇によつて雇用関係を断つに止めたのであるから、右就業規則所定の手続を踏むことを要しないこともちろんである。よつてこの点に関する申請人らの主張も亦理由がない。
六、結論
以上のように申請人らの本件申請はすべて理由がないから、これを却下することゝし、申請費用は敗訴の当事者である申請人らに負担させることゝして、主文のとおり決定する。
(裁判官 千種達夫 立岡安正 田辺公二)